迷走かあちゃんの日記

2012年に33歳で男女の双子を出産。育てる毎日に追われ迷走中。育児の事、夫の事、仕事の事、世の中の事、お金の事、自分の事etc…尽きる事のない独り言を綴っている日記です。

イチイチ考えるということ

他人の事はいいからまず「我、今何をなすべきか」だと両親から言われて育った自分。
いつもその考えは芯に持っているがそれでも人様を見習うとかだいたいみんながどう考えているかアンテナを張るとか、実際行動するにあたっていろんな選択肢からファイナルアンサーに納得して責任持って行動したい。

子供たちは日々私以上のスピードでどんどん経験を増やし頭も心も体も成長している。

度々、何か手を貸してあげる際に

(それって優しさ?どう対応するのがベター?)
と私の【迷いアンテナ】はブルブルブル…と反応。

昨晩でいえば…

息子が風呂上がりにゴキゲンですっぽんぽんでオムツ片手にリビングへ走ってきた。そしてそのオムツを天井に向かって投げて背の高い棚の上に乗せてしまった。

※おねしょの悩みは解決しておらずまもなく7才になります。病院に相談してみるのはそろそろかなと考え中。。。


さて。


息子:「でへ。乗っちゃったー。」(←一切自分で取ろうとしていない上にお願いをするわけでもなく、なんかわかんなかったらわかりそうな人にぶん投げちゃう印象)

私:「どう取る?台なきゃ届かないね」

息子:(へ…?!まさかの、僕が取るーー??)
  「う〜ん。」(子犬のクゥンって感じの弱い声)

私:「考えるの。安全な台と、それでも届かないから長い棒もいるかなー?」

息子:「…」なかなかうまく取れないからママの助けを待つ



そんなやりとり続く事10分くらいだったかな。
高い所から落ちたら怪我することを伝えて、ひとりで2階でベッドメイクをして待っている娘の様子を見に、その場を離れた。

私の顔が目の前にあれば頼るのだろう。
5分くらい経ってから再び息子の元へ戻ると

「取れた(・・)」と息子。
ヤッター!って感じではない。

私:「大変だったかい?」

息子:「うん」

私:「でもちゃんと自分でなんとかできたね。高い所に上らなきゃいけない時は気をつけるんだよ。」
「それと。母ちゃんだって膝悪いんだからさ、ふざけて物投げて高い所へやってその都度取ってって言われるのは危ないから。ちょっとわかった?」

息子:「うん」


そんなやり取りがあった。

どんな時もできるだけ助けてあげるのは優しいかもしれないけど、ふと冷静に「相手のためには?」とか、「ただやってあげる前にそもそも教えたか」とか、「いずれ覚えると良いと思うけどそれは大人になって自分で覚えていけばいいから、やっている姿を黙って見せておこう」とか、毎度いろいろあります。

【考えるクセ】がつくように仕向けてやりたい。
【イチイチ考える事】が面倒くさいとなってしまったら人生大変だろうと思う。
一見優しそうではない対応をされた時に大事な答えに気づいたり向かっていく手前で簡単に折れ曲がりそうになるのは勿体ない。

くどくならずに良いヒントを必要な時に出してあげる以外はニコニコ見守ってるようなお母さんに憧れる。

イチイチ考えるも大事。

くどくしないのも大事。

毎回少し何かを飲み込めた手応えのある我が子を見守っている。
ニコニコしていたり目が光っていたりその顔は百面相だけど。

♪お読み下さりありがとうございました♪