迷走かあちゃんの日記

2012年に33歳で男女の双子を出産。育てる毎日に追われ迷走中。育児の事、夫の事、仕事の事、世の中の事、お金の事、自分の事etc…尽きる事のない独り言を綴っている日記です。

2020.5/14前半

はじめに。
今日の日記は息子の事故の記録です。
幸い、快方に向かっています。
特に『血』が苦手な方、気分が悪くなるから読みたくない方は、ご遠慮下さい。



5/14
今はとても忘れられない。
7才の息子が自宅前でキックスケーターを乗り回し、スピードを出し過ぎてバランスを崩し、大怪我をしました。

忘れたくない思い出では決してないけど、本人と私ども両親への戒めの意味も込めて、今後忘れないように書き記しておこうと思いました。

緊急事態宣言で外出自粛の中、窮屈ではあるものの、この期間、わりと平和に家族で過ごしてきました。

この日は、朝のジョギングや勉強を終えて、私は昼食の支度を、子供たちと夫は家の前で外遊びをしていた時にそれは起こりました。

(かしゃん…)

キッチンの私にはその程度に聞こえた

数秒後、夫の声で、『何やってんだよオマエ…』という第一声から様子が急変し、

『え?ちょっ、ヤバい!ちょっ!救急車!!』

それは叫び声に変わり、震えた声で夫が必死に私の名前を叫んだ

『〇〇!!救急車っ!!』







私はすぐに反応できなかった気がします。
きちんと覚えていません。
嘘だと思いながらまずガスコンロの火をすべて止めて
スマホを急いで手に取り
玄関へ駆けつけた
はず。



血だらけの息子を抱える夫、服に兄の血が沢山はねて付いたままで止血のためのタオルを走って運ぶ娘、狂った呼吸で上手くスマホを操作できないほど震えた手で救急車を呼ぶ私。




何分か覚えていないが程なくして救急車が来た。
迅速だったはずなのにとても長い時間に感じた。
なぜなら、
救急車を待つ間に息子の顔(こめかみの辺り)から出血が止まらず、畳んだフェイスタオルで吸収しきれず玄関の床に血溜まりができ、息子の顔色がみるみる血の気を失っていったから。




死んでしまうかもしれない




本当にそう思いました




息子と、付き添いで夫が救急車で病院へ、
私は車に娘を乗せて搬送先の病院へ、それぞれ急ぎました。


私が娘と救急の処置室前に着くと、ベンチにポツンと頭を抱えて座る夫の姿がありました。


気の毒で何か声をかけてあげたい気持ちと、

今本人が感じているであろう重い責任は、『あなたは悪くないよ』と慰めれば済むほど軽い問題ではない、、でも、、『大丈夫よ』と助けてあげたい、、でも、、本当に息子が大丈夫かまだわからない、、と私も混乱している気持ちと、

混ざって
苦しくて
一言も言えなかったどころか
顔も見られなかった



ただただ三人共、
一心に息子の無事を祈った



担当医が脳のCTの結果、出血は見られず、脳しんとうであること。息子の意識があること。骨折はないが傷が激しいので形成外科医を呼んでこのまま手術を始めることなど、説明に来てくれた。



私は、この時点でかなり正気を取り戻すことができたので緊張状態だった7才の娘に飲み物を与えてあげたり話を聞いてあげたり、少し気が回るようになったが、夫は悪く悪く想像が進んでしまうようで、ああなったらどうしよう…こうなったらどうしよう…と、色々つぶやいていた。

傷が一部、神経に達している可能性があると言われたので、口角が上がらなくなるとか、目の周りの表情が不自由になるとか、これから何かしらあるかもしれない。




次に越えをかけてくれるであろう、手術完了のタイミングまでに、娘の腹ごしらえをしてあげないと可哀想だが、このご時世だ。院内の食堂などは避けられるなら避けたほうがリスクがお互いに少ない。夫に、娘と車でコンビニ弁当か何か食べてきてもらうようお願いをして、ベンチに一人で残った。



夫と娘が離れて、辺りに人も居なくて、
手術中の息子を思い浮かべて、祈っていると、
何の涙か説明がつかないけどポロポロと涙が止まらなくなった。



誰を責めるわけでもないから



お願い…良くなって…お願い…



それだけだった



込み上げた涙が、一段落したら、切り替えないと夫と娘が戻ってくる。またツラっとした顔で座っている自分がいた。



二人が席を外している間に手術が終わり、中に呼ばれたので入っていくと、息子は手術台の上でしっかり目を開けてこちらをじーっと見つめていた。まだショックなのか無表情。だけど、私に何か言いたいのか、微動だにせずただじーっと私から目を離さない。

すると、執刀医の医師が明るく『お母さん!息子さん頑張ったよ!いや本当頑張った!我慢強いよ!褒めてやってよ!』と声をかけて下さった。きれいに縫合してある傷は20針🤕

もしかして息子は、キックスケーターで調子に乗って大変なことになってしまった事を私に怒られると思って反省しているのかな…?
でもそうだよ…
反省してもらわないと。
単独でケガをして、命も助かって、
不幸中の幸いと思わないと、
これがもし、
人様の健康に関わる事故を起こしたり、命に関わっていたらと思うとね。

息子の手術に挑む姿勢と、おとなしく構えている態度を見て、一言、『それでいい。』と声をかけると、息子は無言で頷いた。

この時にはいつもの少し怖めの母ちゃんに戻っていたけど、処置室の前のベンチで泣いた目で経過説明を不安そうに聞いている私の姿も見た看護師さんにとっては、その違いは相当だったと思う。

通常ならそのまま一泊入院で脳しんとうの症状の経過を見守るところだけど、このご時世なので…と、帰宅を勧められ納得。家族揃って車で帰宅しました。

脳しんとう、一応、
スポーツはしなくても、万が一24時間以内にまた転んだり頭を強くぶつけたらかなり危ないらしいです。
そして、嘔吐を3回以上するようなら病院へ連絡。あと、眠っているのか意識不明なのかわからないと怖いのでできれば二時間毎に声をかけてあげて様子を見てとのこと。

長い一日です。
ここまでの出来事が10:30〜14:00です。

嘔吐、再受診など、後半で書きます。